国家と先人たちの名誉を傷つけ続ける「菅談話」

2010 年 8 月 18 日 : 赤池まさあき · コメント(4) 

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8月15日(日)伝統と創造の会で靖国神社を昇殿参拝

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稲田朋美会長以下、西田昌司参議院議員、そして初当選組の岩井茂樹・熊谷大参議院議員、

そして、林潤、松本洋平、私赤池の前職組が参拝しました。

 15日(日)靖国神社の境内は長い行列ができていました。神社によると、14日(土)午後9時からTBSで放映された『歸國(きこく)』の反響もあってか、例年以上に参拝者が多いとのことでした。それにしても、終戦記念日に民主党政権は閣僚、副大臣、政務官の誰一人も靖国神社に参拝しませんでした。超党派議連「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」では41名の参拝があったと聞きました。単独で参拝した議員も何名かいたとのことですが、それにしても衆議院議員478(欠員2)、参議院議員242(欠員0)の計720名もいるのに、参拝議員が少なすぎます。伝統と創造の会でもそのことが話題になっていました。地元で護国神社に参拝したというのなら、まだ理解もできますが・・・自国の先人や遺族のことよりも、チャイナやコリアへの過剰な配慮は、どう考えても理解できません。

 

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●日韓併合100年の「菅談話」

 国家を代表する政治家は、その言動によって、国家国民を守ったり、また失ったりすることにつながります。今また政治家の言動によって、国家と先人たちの名誉が傷つけられ、将来禍根を残すことにつながる案件が起きました。ご承知の通り、日韓併合100年に当たる「菅談話」です。

 「菅談話」については、8月12日(木)夜6時30分から、8月のネットOFF会でまとまった話をさせていただいました。お盆休みに係るために、変則的な開催となりましたが、急なお誘いにもかかわらず活発な意見交換ができました。参加してくださった方々には感謝です。

 8月10日(火)菅首相は、日韓併合100年に当たり、談話を閣議決定して発表しました。その全文は、以下です。

 首相官邸ホームページhttp://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201008/10danwa.html

 前夜には、マスコミ各社がその内容を報道していました。私はその内容を聞いて、暗然たる思いを抱き、そして怒りを覚えました。日本国家と先人たちの名誉を、どれだけ傷つけ続ければ気が済むというのでしょうか。さらに、朝鮮由来のわが国が所有する文化財まで、韓国にお渡しするというのです。隣国の心情を優先させ、自国を蔑にする今回の措置に対して、どこの国の代表なのか、お前は本当に日本人かと叫びたくなりました。

 

●問題点1)菅談話の決定過程は独裁的で、韓国に御用聞きして作成

 何が問題なのか?今回の日韓併合100年に当たる「菅談話」の問題点の第一は、談話の決定過程が密室独裁的で、韓国に御用聞きして作成したという普通の国では考えられない点です。

 その過程については、産経新聞が検証しています。

 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100810/plc1008102323033-n1.htm

 昨年の政権交代前の自民党政権では、政府レベルでの行事をせず、静かにやり過ごすことが、両国の合意事項でした。懸命な判断だと思います。日韓併合という両国の見解の相違が大きい問題を取り上げるよりも、5年後の日韓基本条約制定50周年をお祝いすることの方が両国の友好と発展につながるからです。しかし、昨年の政権交代によって、方針は一変します。

 東アジア共同体の創設をめざし、韓国政府や在日本韓国居留民団からの要望であった定住外国人地方参政権を実現しようとする民主党が政権についたからです。民主党は、戦中の個人補償に道を開くために、国立国会図書館内に恒久平和局を設置して調査活動を行う「国立国会図書館法改正」や、元慰安婦に国が謝罪し金銭支給を行う「戦時性的強制被害者問題の解決促進法案」を野党時代に国会に提出し続けてきました。民主党には、戦前戦中の日本はすべて悪い国であるという自虐史観と加害者意識が根底にあり、その罪を償うためには、あらゆる方策で、罪を償い続ける必要があるという心情を持っています。旧社会党の理念と政策を、今の民主党が引き継いでいるのです。

 民主党政権は、参院選まで元慰安婦に個人補償の道を開くべく、日韓基本条約(65年体制)の転換を画策していたと言います。しかし、七月の参院選の敗北によって、断念します。本当に民主党が負けて良かったと思いました。もし参院選で民主党が勝っていたらどうなったかと思うと本当にぞっとします。

 しかし、なお諦めず策動したのが、仙石某官房長官です。彼は学生運動家で、弁護士となりました。総評顧問、人権派弁護士として活躍し、旧社会党で代議士となり、民主党に合流します。脱小沢の急先鋒で名を成しましたが、実態は弁護士である枝野幸男幹事長と同様、隠れマルクスレーニン主義者です。

 仙石某官房長官が中心となり、政治家主導の元で、韓国に御用聞きして作成されたのが今回の菅談話です。

 韓国の要望であった「韓国の意に反して」と「文化財返還」が盛り込まれました。外国に御用聞きして、総理談話を作成するという売国政権でもあります。総理談話発表の日程も、韓国側の要請で、8月15日の光復節の李明搏大統領演説に間に合うようにと、10日に前倒ししたと言います。今回の菅談話によって、日本にとってどのような利益が得られたというのでしょうか。

 民主党内の異論反論を、平成7年の村山談話と同様で、日韓基本条約はそのままだと説得し封じ込めました。党側に会議を開きたいと伝えられたのは8日(日)夜で、9日(月)の会合には参加できない民主党幹部が出た程です。しかも、会合では全文を示さず、要旨のみだったと言います。与党国会議員全員が参加して議論する場は設けられませんでした。官邸の暴走です。党政調会長を兼任する玄葉大臣は閣議決定に署名すべきではなかったと思います。自民党政権下では、外交上のこととはいえ、国会議員の議論する場がないということは考えられないことです。民主党は民主とは名ばかりで、いかに密室で独裁的かということがまた一つ証明されました。

 さすがに、党内議論がなく決定された「菅談話」に反発して、12日(木)夜に民主党保守派は「日本国研究会」(松原仁・牧義夫共同代表)を立ち上げ、翌13日(金)には抗議文を党政調会に提出したと言います。グループ横断的に結集したと言いますが、衆議院307名、参議院106名、合計413名いる民主党国会議員の内、約20人しか集まらないのは寂しい限りです。民主党にも保守派がいて歯止めになると言われていましたが、その実態がこれではとても歯止めにはならないことが図らずも明かされてしまいました。

 

●問題点2)国家と法を理解できなき国家指導者が戦争を招く

 日韓併合等の戦前の問題は、14年間に渡る先人たちの粘り強い努力によって、ようやく昭和40(1965)年に成立した日韓基本条約と付随協定によって、解決済なのです。その条約と協定によって、個人補償を含め賠償問題は解決し、官民有償無償の8億ドルの経済協力をすることになりました。ただ、竹島の問題は残りましたが・・・・・

 今回の菅談話を主導した仙石某官房長官は、8月4日(水)の参議院予算委員会の西田昌司議員との質疑において、自身の考え方を披歴していました。参議院TVでその内容を確認しました。

 私jは、それを観て、仙石某の考え方がよく理解できました。彼曰く、弁護士の経験から加害者と被害者が法的に解決されたとしても被害感情が残る。加害者が病院にお見舞いに行くとか、墓参りするということが、被害感情を和らげるために大事だと。彼の考え方を敷衍すると、加害者である日本と被害者である韓国が、日韓基本条約で法的に解決されたとしても、韓国の被害者感情が残る。そのために、日本ができることをし続けるべきだと。それが、今回の菅談話であり、文化財の引き渡しにつながるわけです。

 仙石某は、個人と国家を同一視しており、法(論理)よりも個人感情を優先させています。国家観なき国家指導者、法律よりも感情を優先させる法律家なのです。世界各国が大損害を受けた世界大戦を経て、個人感情よりも国家間の法律(条約)を優先させて紛争や戦争の連鎖を防止しようという人類の知恵を無視しています。法(論理)よりも感情に掉さした今回のような措置は、韓国の感情を決して満足させることはできません。現に、韓国マスコミの報道によると、一定の評価をされつつ、日韓併合条約の無効まで結びつかず、文化財も引き渡しも少なすぎるとの不満も出ていると言います。贖罪を要求され続けることになる日本にとっても、いい加減にしてほしいとの鬱積した感情を生みだし、ナショナリズムに火をつけます。それが両国の友好親善に水を差し、反感を生み、新たなる紛争や戦争の萌芽となりかねません。

 それが仙石某にとどまらず、菅首相、鳩山前首相、閣議に署名した閣僚すべて、また民主党の幹部のほとんどがそのような考え方なのです。

 平成22年8月12日(木)産経新聞に掲載された櫻井よしこさんのコラムによると、日本はチャイナとの平和条約締結以来、今回を含めて36回も、中韓はじめ諸外国に対して、総理や天皇陛下が謝罪、遺憾の意を表明し続けています。日本は占領政策によって弱腰根性が身に付き、経済大国でも平和ボケして、謝罪外交を繰り返しても平気だというのでしょうか。

 文化財の引き渡しも既に日韓基本条約の付随協定である文化協定によって、昭和40(1965)年に、既に1432点が返還されています。(読売新聞8月11日報道)今回の該当する文化財が1千点余りと言われていますが、韓国は4千点を要求しています。さらに、宮内庁だけでなく、全国各地の博物館等に所有されている朝鮮由来の文化財すべてを返還すべきだと要求をエスカレートさせています。

 そして、そのことは韓国にとどまらず、チャイナやフィリピン等に飛び火するでしょう。そして、仙石某長官の友人である高木健一弁護士が、かつてインドネシアであり得ない「従軍慰安婦」を新聞で募集して、火を付けたように、アジア各地で火を付け回ったり、日本各地には朝鮮由来の文化財がこんなにあると告発する正義の仮面を被った反日日本人が出ることでしょう。

 教科書や慰安婦問題と同様の問題を引き起こし続けるでしょう。

 

●問題点3)事実を事実として認識できない観念的空想主義者をリーダーに頂く不幸

 政治家は日韓の歴史、事実を事実としてしっかり学び、知るべきです。無知は罪悪であり、国家の衰亡を招きます。国家が他の国家に謝罪するということは、当然多額な償いが求められることになります。ましては、現在ではなく、過去の歴史を遡って謝罪するなど、あり得ない話です。近代法の原則に、事後法、法律の不塑及の原則があります。制定した法律をもって、制定前の事象を裁かないということです。当然の話で、後から法律をつくって、以前の事象を裁くとなったら、権力者のやりたい放題になってしまうからです。しかし、今回の菅談話は、歴史において、平気で今の法律や常識で、過去を裁こうとしています。

 菅談話には「私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです。この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。」と書かれています。

 日韓併合は植民地支配であり、日本は加害者、韓国が被害者で、韓国に多大な損害を与えて御免なさいとの言い方です。菅談話のように、本当に歴史に誠実に向き合い、直視する勇気と受け止める謙虚さがあれば、談話はまったく正反対の結論にならざるを得なくなるはずです。民主党政権は、事実を事実として認識できない不勉強で、イデオロギーに支配された人間しかいないのかと思います。

 

●日韓二千年史の事実

 高千穂大学教授であった故名越二荒之助先生の大著『日韓共鳴二千年史』(明成社)があります。名越先生とは、平成19年3月16日に日本文化チャンネル桜で共演させて頂き、それが先生の最後の出演となってしまいました。4月11日に逝去され、84歳の生涯を終えられました。その偉大な先生の大著(700Pを超える)を、日韓併合100年の今年読み進めています。

  • 第一部 日韓神話の共有性と古代史の感応
  • 第二部 秀吉の朝鮮出兵と通信使
  • 第三部 列強圧迫下・苦悩のドラマ
  • 第四部 日韓併合 それぞれの苦難
  • 第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂
  • 第六部 朝鮮に尽くした日本人
  • 第七部 かかる韓国人ありき【戦後編】
  • 第八部 日韓両国民への八つの提言

 通読すれば、歴史がいかに複雑か、一面的な評価がいかに難しいか、今の感覚で当時の事象を裁断することがいかに間違っているかが理解できます。特に、日韓併合等の戦時下については、加害者日本、被害者韓国、植民地支配の多大な損害ということが、一面的であることがよく分かります。

 特に、日韓併合に関しては、当時のアメリカの新聞の論調が掲載されており、当時の国際社会の見方を紹介しています。(同誌285Pより)

 「韓国は多年、その自主独立の政治が出来なくて、過去数世紀の間、支那の宗主権を承認していた。日本がこれを、その境遇から救った(筆者注。日清戦争。下関条約)後は、日ロ間の係争地であった。次いで、日本は、またまた、これをロシアの圧迫から脱けさせる(筆者注。日露戦争。ポーツマス条約。日韓保護条約)や、財政に、行政に、日本の忠言指導を受けることになり、外交の事は、挙げてこれを、日本に委せた。それ以来、韓国は、少なくとも露、佛、英諸国が、その附属国民に対すると同様の恩恵に浴するに至った。けれども、近年、韓国は徒に名を無実の独立国に借りて、陰謀、奸計を弄し、隣国の激怒を招き、威喝、否戦火を蒙った。これが、実に、日清、日露の二大戦役を実施したゆえんである。ここでこそ韓国の地位に、根本的な解決を加え、それによって禍根を除去するより外はない。故に吾人は、日本保護の下における韓国に対し、喜んで、そのいわゆる独立永遠の離別を告ぐるものである」(アメリカ・ニューヨーク、ヘラルドトリビューン紙)

 日本にとって朝鮮半島は、その形状から文明文化の乳房でもあり、近代では日本列島のわき腹に突き付けられた匕首(あいくち)とも例えられ、日本の生命線でした。日本は、19世紀欧米列強のアジアへの植民地化に対して、明治維新を断行し、富国強兵の近代化によって、自主独立を確保しようとしました。日本は朝鮮国に対して、安全保障のため近代化し自主独立を願いました。しかし、朝鮮国は支那を宗主国と仰ぎ(華夷秩序、朝貢、事大主義、小中華主義)、宮廷内の派閥抗争、刑事警察の不正、地方政治の腐敗、経済・社会の停滞等、改革運動がことごとく失敗しました。

 

●福沢諭吉の脱亜論

 この当時福沢諭吉は「脱亜論」を書き、「我国は隣国(支那朝鮮)の開明を待ちて共に亜細亜を興すの猶予あるべからず」「西洋の文明国と進退を共にし」「亜細亜の悪友を謝絶するものなり」と明確に当時の状況を指摘しています。福沢は、日本の独立自尊を訴えただけでなく、隣国朝鮮国の独立を願い、留学生を受け入れ、朝鮮開化党の金王均を物心両面で支援しました。福沢は朝鮮独自のハングル文字に注目し、漢字ハングル混じり文を普及させるために新聞発刊を支援しました。金王均がクーデタによって政権奪取も束の間、事大党の閔妃(高宗の王妃)が要請して清国が介入し、改革が頓挫してしまいます。金王均は日本に亡命しましたが、結局上海で暗殺されてしまいます。福沢は彼の死を悼み、供養しました。(同誌165P)

 明治27(1894)年日清戦争の原因は朝鮮半島であり、日本の勝利によって、朝鮮国の独立を清国に認めさせました(下関条約)。しかし、三国干渉によって、日本が一歩引くと、朝鮮国内では親ロ派が台頭し、明治37(1904)年日露戦争の原因となります。その結果、第1次日韓協約によって、日本が財政と外交の指導権を取得します。そして、翌年の日韓保護条約(第2次協約)で日本が外交権を取得し、第3次日韓協約で内政監督権を取得します。朝鮮国内では、抗議行動や自決して反対するものがあり、安重根によって、初代統監伊藤搏文がハルビン駅頭で暗殺されてしまいます。一方、朝鮮国内最大団体であった一進会(李容九)が、日韓合邦運動を展開しました。

 

●日韓併合の実態とは

 日韓併合について、国を奪い、言葉を奪い、名を奪い、土地を奪い、強制連行したとよく指摘されます。本当にそうだったのでしょうか。

 国を奪ったといわれる日韓併合条約は、1910(明治43)年大韓帝国の王制(純宗)も閣僚(李宗用内閣)も同じで決定されました。8月18日に学部(文部科学)大臣が反対しただけで、閣議決定され、22日御前会議で決定され、29日に発表されました。8月29日は韓国では現在国恥記念日となっています。

 産経新聞8月16日正論欄で、古田博司筑波大学大学院教授が指摘しています。

 「遠く異朝をとぶらえば、朝鮮王朝などという王朝はなかった。朝鮮国の李朝である。この李朝は高麗武将のクーデターによる簒奪(さんだつ)王朝である。国名は明に決めてもらった。米ハワイ大学図書館には朝鮮から中国への書状の写しが残されているが、17世紀から18世紀までの4人の王の賀状が含まれている。即位の年には、「朝鮮国、権署国事、臣李某」から始まり、「国事をかりに処理する臣下の李」とはっきり書かれている。朝鮮は中国の属国であった。

 19世紀に入り、日清戦争の結果、下関条約により朝鮮は独立し、大韓帝国となった。その後、1910年に日韓併合されて日本植民地となるのだが、2001年の国際会議で英ケンブリッジ大学国際法学者、J・クロフォード教授が主張されたように、「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦以降のもので、当時としては問題になるものではない」。」と

 言葉を奪ったという日本語強制については、昭和13年以降の戦時体制の深まりとともに、日本語常用運動が開始され、極端に奨励されたことは事実です。しかし、日韓併合の1910(明治43)年から昭和12(1937)年までは、日本語と朝鮮語が学校で必須科目として教えられていました。ハングルは、日韓併合時の総督府の奨励によって普及したものです。また総督府は「朝鮮語辞典」も編纂しています。(同誌95P)

 名を奪ったという「創氏改名」について、もともと韓国にはなかった「氏」(家につける称号。日本でいう名字)を、昭和15年に新たに創り、ついでに名の付け方も日本式に改名することを許したのでした。韓国には宗主国であった支那の影響で、「姓」(男系の血統を表わす)があり、儒教の教えを守って、姓が違うと養子にできず、同姓では結婚できませんでした。それでは不便だということで、創氏改名が行われたわけです。総督府は絶対強制してはならないと3回も訓令を出し、任意の届け出による許可制で、6か月間だけ受け付けることにしました。ところが、下部機関の役人は数を競い、半強制的に8割の朝鮮人が創氏改名することになってしまいました。ただ率先して日本式に名前を変えた朝鮮人もいました。創氏改名しなくても、罰則はなく、実際2割の人々はそのままでした。(同誌398P)

 土地を奪ったという「土地調査事業」について、前述の櫻井よしこさんのコラムが端的に以下のように指摘しています。

 「韓国は長年、日本人が土地を奪った、実に全国土の四割を奪ったと教科書に記述し、教えてきた。だが2006年2月、この説はソウル大教授の李榮薫(イ・ヨンフン)氏らの研究で全面否定された。李教授はじめ一群の研究者らの調査で、日本総督府が土地を奪って日本人に与えた事例は皆無だったこと、総督府は土地紛争をめぐる審査においては「公正であった」ことが発表された。」(産経新聞平成22年8月11日)

 朝鮮人が「強制連行」されたと言われることについて、3つの誤解があります。(同誌400-4001P)第一は、終戦直後に200万人にいた内地の朝鮮人労働者の大部分が本人の自発的意志で渡航したものです。昭和17年に大東亜戦争開始にともない、労働力不足を補うために、それまで自由募集であった朝鮮人労働者を総督府が募集を始めました。半島と内地では2倍近くの賃金格差があり、毎年30万人ずつ人口増加し、貧しい朝鮮では、豊かな内地で稼ごうとする朝鮮人が非常に多かったのです。

 第二の誤解は、「徴用」は「強制連行」ではないということです。内地でも当時日本人も戦時「徴用」されていました。私の母も戦争末期に中学生でしたが、徴用されて工場で働いていたと聞いています。まさか、母が日本軍に強制連行されたことにはならないでしょう。

 第三の誤解は、「日本軍の慰安婦として強制連行された朝鮮人女性も少なくなかった」と日本の教科書(実教出版)が書いていますが、事実誤認です。いわゆる「従軍慰安婦」は業者(朝鮮人)が日本軍について商売していたもので、軍が「強制連行」されたものではありません。女子挺身隊のことを韓国では、身を捧げる「慰安婦」と同一にとらえていますが、前述した徴用のことであり、昭和19年8月に女性挺身勤労令に基づくものです。私の母も女子挺身隊??だったということになってしまいます。

 兵役の義務は昭和18年2月になって、朝鮮に導入されました。(同誌416P)昭和13年から志願制度が導入されました。採用者数と応募者、その倍率をみると、昭和13年7倍(406人/2906人)、14年が何と20倍(613人/12438人)、15年が28倍(3060人/8万4443人)、大東亜戦争が始まった16年には45倍(3208人/14万4443人)、17年62倍(4077人/25万4273人)、18年48倍(6300名/30万3394人)た。(同誌436P)かくして24万2341人の朝鮮人青年が戦い、2万2182人が戦病死しました。士官学校を出て、日本人を率いた朝鮮人も多くいました。志願して特攻隊員として15名の朝鮮人が散華しています。

 以上、説明してきましたが、日韓併合35年の間に、朝鮮半島は、治安維持、食料増産、造林、社会基盤整備、産業振興による経済成長(平均4%)、医療・教育(小学校が100→5千校、就学率6割、帝大が6番目に設立)の充実によって、1700万人から3000万人(海外に300万人)に倍増しました。その一事をもっても、「多大な損害」ということにはならないでしょう。

 

●日韓友好は、相互理解と主張する姿勢が重要

 また、同誌637Pには、韓国の中興の英主と讃えられる朴正煕大統領の論文が引用されています。

 「わが五千年の歴史は、一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であったといえる。(中略)この国の歴史は平安な日がなく、外国勢力からの弾圧と征服の反復のもとに、かろうじて生活とはいえない生存を延長してきた。ところで嘆かわしいことは、このながい受難の歴程のなかでただの一度も形勢を逆転させ、外へ進み出て国家の実力を示したことがないということである。そして、いつしかこのような侵略は半島という地域的な運命とか、われわれの力不足のため起きたのではなく、ほとんどはわれわれが招きいれたようなものとなっている。また、外圧に対してはわれわれが一致して抵抗したことがなかったわけではないが、多くの場合、敵と内通したり浮動したりする連休が見受けられたのであった。自らを弱者とみなし、他を強大視しる卑怯で事大的な思想、この宿弊、この悪い遺産を拒否し、抜本せずには自主や発展は期待することはできないであろう」

 朴大統領の治世は18年間続き、1979(54)年に暗殺されてしまいました。その後登場したのが全斗煥大統領です。全大統領は1981(昭和56)年の8月15日の光復節に次のような演説をいたしました。(同誌638Pより)

 「我々は国を失った民族の恥辱をめぐり、日本の帝国主義を責めるべきではなく、当時の情勢、国内的な団結、国力の弱さなど、我々自らの責任を厳しく自責する姿勢が必要である」

 平成5年存在しない「従軍慰安婦」を韓国への外交配慮で容認した「河野談話」。平成7年戦後50年に当たり、日本がアジア各国に対して植民地支配を謝罪し、自国を侵略国家と認定した「村山談話」。靖国神社には毎年参拝していましたが、平成17年戦後60年に当たり、「村山談話」を踏襲して出された「小泉談話」。そして、今回の日韓併合100年に当たり、韓国人の意に反して植民地支配が行われ、多大な損害を与えたことを謝罪し、朝鮮由来の文化財をお渡しする「菅談話」。国家と先人たちの名誉を傷つけ続ける談話を見直すべきです。サンフランシスコ平和条約、日韓基本条約、日中平和条約をもって、世界各国(ロシアと北朝鮮を除いて)とは、先の大戦についての諸課題は解決済であることを、私たちはもう一度確認する必要があります。そして、歴史を後世から改竄することなく、事実を事実として、しっかり知る必要があります。

 故名越二荒之助先生の指摘通り、相手と自国の歴史をもっと勉強して、敬意をはらいながらも、言うべきことは言っていく必要があります。政治家となれば、当然のことですが、民主党政権にはまったく欠けています。早く退場してもらわなくてはなりません。また、河野談話、村山談話、小泉談話は自民党政権時代に出されたものです。歴代自民党内閣も、継承してきてしまいました。今回、谷垣自民党総裁も菅談話について抗議を行ったわけですが、迫力にかけたものと言わざるを得ません。自民党が社会党化しているのです。自民党も変わらなくてはなりません。

 菅談話と日韓関係については、次回の時局講演会でも取り上げたいと思います。詳細が決まりましたら、告知しますので、ぜひご参加ください。

 

●民主党政権が推進する悪法シリーズを阻止

  • 「外国人地方参政権の導入」(外国人優遇=国民解体、国防の弱体化)
  • 「地域主権」(国家の分断、自治労支配)
  • 「靖国神社代替の国立慰霊追悼施設の建設」(心の安全保障の形骸化)
  • 「国立国会図書館法改正して恒久平和調査局を設置」(戦争を暴きたて個人賠償へ)
  • 「戦時性的強制被害者問題の解決促進法案」(元慰安婦に国が謝罪し金銭支給を行う)
  • 「偽・人権擁護法案」(言論の自由の弾圧)
  • 「二重・三重国籍」(外国人優遇=国民解体)
  • 「戸籍制度廃止」(外国人優遇=国民解体)
  • 「1000万移民推進」(外国人優遇=国民解体)
  • 「夫婦別氏(選択制)」(親子別氏=家族の解体)
  • 「女性差別撤廃条約選択議定書」(男卑女尊へ)
  • 「子ども手当」(子育ての社会化=家族解体)
  • 「日教組の言いなりの教育政策」(学力低下、国民解体)
  • 「CO2 の25%削減」「地球温暖化対策基本法」(地域経済壊滅)
  • 「東アジア共同体構想」(大中華帝国への屈服)

 以上の悪法シリーズに「菅談話」が加わりました。参院選の敗北を受けても、粛々?と推進されている悪法に断固反対します。悪法を推進する民主党政権を打倒するとともに、自民党の内なる敵、左翼リベラル勢力(白い共産主義)の一掃も大事です。また、官僚やマスコミも同様です。国家を解体させ、国民の安全を脅かす左翼リベラル反日勢力に対峙していかなくてはなりません。

 

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 以上、お読み下さり、ありがとうございました。

 今後も、「国づくり、地域づくりは、人づくりから」をモットーに、日本国家国民を守るために、落選したとはいえ、全身全霊で駆け続ける覚悟の赤池誠章です!ホームページもご覧下さい。http://www.akaike.com

コメント

“国家と先人たちの名誉を傷つけ続ける「菅談話」” コメント(4)

  1. tiamat より:

    いつも先生のブログを拝読しています。
    英霊達の声を集めた感動的な動画を発見しました
    (ねずきちの ひとりごと http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-985.html#more)。

    御参考までにどうぞ。
    戦場の名言 大東亜戦争
    http://www.youtube.com/watch?v=FriNRAPenCM&playnext=1&videos=BI8rrkE7azQ
    特に、一番最初の21歳の特攻隊員の言った言葉が実に感動的でした。

  2. 黒希望 より:

    8月15日はお疲れ様でした。
    私の参りましたが、境内には多くの人がおり参拝するのも大変でした。
    管談話に対しては、官邸のホームページに即座に苦言を入れさせていただきましたが、
    今一番民主党に共通して言えることは、責任を持たない、自覚しないということだと思います。
    又、他人の意見をほとんど聞かないことも共通して言えることですし、政府が彼らの方針に右倣えになっていることが最大の悪だと思います。

    話が外れますが、観光庁が休日を地方毎に分散されるなどという悪法に対して66%の人間が効果が無いと言っているにも拘らず、其れを踏まえて実施するなどと私のとっては訳のわからないことを話しております。
    http://open-meti.go.jp/ja/idea/1/
    朝鮮学校の無償化や仙谷の発言に付いても同様なことがいえます。
    明らかな憲法違反や常識知らずの発言です。
    このような政党はいりません。
    赤池先生のような方々を国会に送り込む必要があります。

    これからも応援していますので宜しく御願いします。

  3. 勘助団子 より:

    過日のネットオフ会では、いろいろお話しいただきありがとうございました。
    15日は靖国神社までは参拝にいけませんでしたが、地元護国神社に参拝して参りました。午前中は盛況であったようですが、午後静かな中での参拝でした。

    ところで、
    いつまでもとにかく謝罪をしなければならない、という状況は何とかならないものでしょうか?
    おっしゃるとおり国家間の約束ですんだことになっているのですから、国がわざわざ話題を持ち出すこともないはずです。にもかかわらず民主党政権は謝らないといけないという・・・不思議でなりません。
    日韓でこのようなことがまかり通るのなら、ほかの国々の間でも過去の問題について謝罪し続けなければならない国々はあろうかと思いますが、そのような話題は聞いたことがありません。日本が率先して謝罪を続けなければならない理由はないように思うのですが・・・。

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