「為政者こそ報徳に学べ」

2009 年 11 月 18 日 : 赤池まさあき · コメント(0) 

H211109_sontokuzo

(左の写真は、知人から頂いた二宮尊徳翁の銅像)

 「国づくり、地域づくりは、人づくりから」をモットーに、日本国家国民を守るために、落選したとはいえ、全身全霊で駆け続ける赤池誠章です!いつもお世話になり、有難うございます!

 11月17日は、江戸時代末期600以上の農村を立て直した実践的農政家、二宮尊徳翁(金次郎)の153回目の命日です。終焉の地で墓所がある栃木県日光市の今市報徳二宮神社では、例大祭が行われています。http://ninomiya3.jp/

 各地の小学校に、薪を背負って仕事をしながら、読書をする着物姿の少年像で有名です。 本は、古典の四書五経の一つ「大学」。私が学んだ松下政経塾の創設者・経営の神様松下幸之助翁が尊崇していたということで、以前から一気になる存在でした。内村鑑三著の『代表的日本人』の5人の中の1人に選ばれています。甲子園で野球部の活躍で有名な報徳学園は、尊徳翁の教えに基づいて設立された学校です。

 

●山梨経営フォーラム11月例会で小林幸子・二宮尊徳会会長に講演

 平成21年11月16日(月)午後0時から1時過ぎまで、甲府富士屋ホテルで、私赤池を支援し、ともに学び、企業と地域の活性化をめざす「山梨経営フォーラム11月例会」が開催されました。今回は、小林幸子・二宮報徳会会長に山梨までお越しを賜り、「今こそ報徳思想の実行―不況を乗り越える成功の秘訣」と題して、講演して頂きました。小林幸子会長とは、10月17日の「日本解体阻止!守るぞ日本!国民大集会」でご一緒させて頂いたことが縁で、講演をお願いいたしました。

 小林会長は、全国各地を報徳思想の普及のために、駆けまわっています。尊徳翁の偉大さ、生い立ち、その思想の核、小林会長の商売の体験談など、短い時間の中で、以下のようなお話を頂きました。

 

●明治天皇「為政者こそ報徳に学べ」

 尊徳翁の偉大さは、明治天皇が「為政者こそ報徳に学べ」の一言に表わされています。現代的にいえば、リーダーは尊徳翁に学べということでしょう。明治維新以来急速な近代化の中で、道徳の荒廃が叫ばれるようになり、その歯止めが求められていました。明治16年県知事以上の官僚に、「報徳記」を配布しました。明治18年「報徳記」は国民に配布されるようになり、明治23年の教育勅語につながります。戦前の修身の教科書には、明治天皇の次に登場しました。

 戦前の修身の教科書の現代訳はこちらへ http://www.akaike.com/DATA/2009/syusin_sontoku.pdf

 昭和天皇は、御巡幸の折に、自らの発案で静岡県掛川市にある大日本報徳社に寄り、尊徳全集の編集現場に立ち寄り、尊徳翁の直筆の書等を見て、長嘆息をしたといいます。

 尊徳翁は、武士の生活を助けるために、お金を貸し借りできる「五常講」(仁義礼知信の五常)をつくりました。信用組合の発祥はドイツといわれていますが、尊徳翁はそれより40年以上も早く信用組合と同じ組織である五常講を制度化し実施していました。

 日本資本主義の父・渋沢栄一や、トヨタグループ創設者豊田佐吉や、真珠王の御木本幸吉松下幸之助、三井三菱住友などの大財閥の番頭連など、経営者に影響を与えたといいます。

 

●尊徳翁の生い立ち

 天明7年(1787)年7月23日小田原で生まれます。身長は180センチを超え、体重は90キロ以上、大男で、黒船来航から3年後の安政3(1856)年70歳で日光今市において亡くなるまで長寿長命でした。農民でしたが、若くして没落した一家を立て直したことから、生地の小田原藩に召抱えられ、その後幕府の老中水野忠邦に登用されます。独自の「報徳仕法」によって11カ国600以上の寒村を立て直しました。その仕法書は、大部で数字に基づいたものでした。すべての荒廃は、人の心の荒廃が原因であり、「心田開発」が大事だといい、殿様にも直言しました。

 14歳で父を、16歳で母をなくす。一家離散。おじさんの所で仕事するようになります。夜勉強していると、灯油がもったいないとおじに諭され、自ら菜種を栽培して、灯油をつくって勉強します。捨て苗を拾って、土手にコメをつくります。天地は人間が努力さえすれば恵みをもたらしてくれることに気づきます。10代で小さいことの積み重ねによって、大きなことができるようになるという「積小為大」を体得します。

 小田原藩主大久保忠真公が配布した「農政6カ条」を大事にして、実践します。その功により、表彰されます。一家再興だけでなく、村のためにやろうと目覚め、自分のことだけでなく、他人のために働こうと「自他振替」の精神を得ます。

 

●報徳の四綱領

 報徳とは、論語の「徳を以って、徳に報いる」ところから採られています。徳とは、良さ、取り得、潜在的な力のことであり、すべての人、ものには、徳がある。それはみな違うもので、比べるようなものではありません。「荒れ地には荒れ地の徳があり、借金には借金の徳がある」「万象具徳」。その徳を活かすことが大事だということです。

 その徳に、報いるためには、4つのポイントがあります。

 第一は至誠。至誠とは、まことを尽くすことであり、知恵や学があっても、至誠と実行がなければ事はならないといっています。

 第二は勤労。 自然が天道で、作為に努めるのが人道。天道に従って、自分では何もしないで秋の実りを奪うのが鳥獣。人道により自然に逆らって農事に努めた上で実りを食するのが人間。その働きを勤労といいます。

 第三は分度。得たお金の使い方。倹約。収入の平均値を出す。平均収入に応じて支出を決める。計画的にお金を使う。分度は分内ともいい、経常費と臨時費があります。

 第四は推譲。備蓄の大切さ。重税なので減税を殿様に説く。推譲は分外ともいい、自譲と他譲の2つがある。自分のため、子孫のための推譲は自譲。貯金保険みたいなもの。内部留保。もう一つは他譲。社会のため、社会貢献。 物や金だけでなく、地位や名誉、言葉もそ当てはまります。

 

●一円融合

 尊徳翁の教えは、一円融合。それは、すべてのものは互いに働き合っており、一体となったときに初めて結果が出るという意味です。植物は、天と地の間で育ちます。人間が育つのもこれと同じです。経済も道徳と一体となることが重要。道徳なき経済は、平安ならず罪悪につながり、経済なき道德は、労して功ならず。寝言のようなものとなっていまいます。

 自分と他人の関係も同様です。自他両善が大事です。売って喜び、買って喜ぶ、ウィンウィンの関係。私は以前手打ちそば屋をやっていました。技術だけでなく、ソバ粉、醤油、エビなどの素材にこだわって、結構繁盛しました。しかし、お客さんがきても、利益が出ていなかった。従業員には賃上げ交渉されます。後で、尊徳翁から学びましたが、その時は自他両善ができていなかったということです。3年半で店を締めてしまいました。回りからは再開への要望が大きかったのですが、体がもたなかったのです。お客さんが多かったので、儲かったように思われていましたが、資金面でももたなかったのです。

 小林幸子会長の講演後も、お茶を飲みながら、疑問に思ったことを色々と質問をしました。知れば知るほど、興味深く感じました。各地の小学校には、二宮尊徳像がまだ残っているところも多いと思います。しかし、残念ながら、現在は忘れ去られていると思います。二宮尊徳翁をもっと現在の私たちが学ばなければならないと思いました。

 どこぞの国のリーダーにも、「友愛」という無国籍な理念よりも、日本の伝統に学んでほしいと思います。「為政者こそ尊徳に学べ」

 

●報徳訓

 小林会長から頂いた名刺の裏には、「報徳訓」が記載されていました。その紹介で本稿を締めます。

一、父母の根元は天地の令命に在り。身体の根元は父母の生育に在り。子孫の相続は夫婦の丹精に在り。

二、父母の富貴は祖先の勤労に在り。吾身の富貴は父母の積善に在り。子孫の富貴は自己の勤労に在り。

三、身命の長養は衣食住の三に在り。衣食住の三は田畑山林に在り。田畑山林は人民の勤耕に在り。

四、今年の衣食は昨年の産業に在り。来年の衣食は今年の艱難に在り。年々歳々報徳を忘るべからず。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

多くの方に知ってもらいたいので、クリックをお願いいたします。

 

●「11.20赤池まさあきネットOFF会」 参加者募集中

私赤池まさあきとざっくばらんに話をしませんか。11月20日(金)午後6時半から、赤池まさあき甲府事務所です。詳細はこちらへhttp://www.akaike.com

以上、お読み下さり、ありがとうございました。今後も、「国づくり、地域づくりは、人づくりから」をモットーに、日本国家国民を守るために、落選したとはいえ、全身全霊で駆け続ける覚悟の赤池誠章です!ホームページもご覧下さい。http://www.akaike.com

コメント欄

今後の政治活動や国政に皆さまのご意見を反映させていくために
お気軽にご意見、ご感想をお書きください。

「好きです!日本」前衆議院議員赤池まさあきの国政ニュース